幕の裏の八・沙汰の顛末

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幕の裏の八・沙汰の顛末

とんでもない失態であった。 よもや自身が世間を賑わす物笑いの種になろうとは。 くしゃくしゃと癇性な音を立てて丸められた瓦版には、 『白昼(ハクチュウ)凶行(キョウコウ)   美貌(ビボウ)花魁(オイラン) 小町娘(コマチムスメ)白刃(ハクジン)(タオ)レル』 と、誇張の過ぎる煽り文句がデカデカと躍っていた。 記事を読めば花魁ではなく陰間、小町娘ではなく年増女、斃れたのではなく倒れた程度と、 実際にはさほど面白い事件でもないと知れるが、大仰な見出しが世間の目を愉します。 いったい何処に聞屋(ぶんや)なんぞ潜んでいたのか。 直前の観劇は猪田のお膳立てであった。 よもやあの男の企てか、とも疑ってみたが、猪田が玉露を食い物にするとは考えにくい。 いくら無神経だからと言って、惚れた相手を貶める趣味はなかろう。 と言うよりも、瓦版が出るや否や、版元の新聞社に乗り込んですぐさま差し止めさせたのは誰あろう、猪田である。 一介の編集者にそんな力があるとも思われないが、そこはそれ、成金のボンボンであるから袖の下でも握らせたに違いない。 玉露が頼みもしないうちから東奔西走、躍起になって火消し活動に勤しんでいたようだ。 その頃の玉露はと言えば、運び込まれた病院で腹を縫われ、強い薬で昏々と眠っていた時分だから、 そんなことになっているとは露ほども知る由がなかった。 後になって情報をもたらしたのは例によってトキワである。 差し止め前にばら撒かれてしまった瓦版の手土産付きであった。 気に食わないのは、記事の中ではっきりと名指しはされていないものの玉露の素性が書き立てられていることである。 寺川町(てらかわちょう)のとある茶屋に棲み込む男娼妓であるとか、師匠筋は華頂座(かちょうざ)の看板役者であるとか。 自身のことはともかくとして、これでは鳳ノ介(おおとりのすけ)にまで類が及ぶ。 対して、凶刃を振るった女のことはさして触れられていない。 尤もこれは意図的な事ではなく、相手が花柳界の者と違って堅気の女であった為に、 目撃者の中にあれはどこそこの誰それだったと語れるような顔見知りが見つからず、特定に至らなかっただけだろう。 なんにせよ、気の悪いことである。
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