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今のところ鳳ノ介から連絡はないが、多少なりとも好奇の目に晒されて迷惑していることだろう。
醜聞ひとつでどうこうなる男ではないが、直接自身と関わりもせぬ話題で衆目を集めるのはむしろ、己が槍玉にあげられる以上に不快に違いない。
いずれ詫びを入れる必要がある。
猪田にも要らぬ借りを作ってしまった。
何より、仕事に穴を空けてしまったことが悔やまれてならない。
水下げしてよりこっち何年とは言わないけれど、一度だって穴をあけたことはなかったのである。
風邪を引こうが熱が出ようが、予約の席はきっちりこなし、客に恥をかかす真似はしてこなかった。
それがたまさか、白昼堂々往来の真ん中で女にぶっ刺されて休業を余儀なくされるとは。
ここは病院の一室である。
いつだったか紅花が盛大に階段を転げ落ちた時に運ばれたと同じ、寺川町では最も大きな病院であった。
のっぺりと白い室内に脚付きの寝台、洋枕に洋布団、いずれも玉露には尻の据わりの悪い空間である。
気に食わないが致し方ない。
当分は安静にしていろと医者の命令だ。
「湿気た面だねえ、姐さんらしくもない。
けどまあ、そうしてると薄幸の美人に見えなくもない、か」
肩を揺らしながら入ってきたのは花屋『天満堂』の女主人である。
手には花を抱えている。
見舞いの品であろう。
桔梗やらタチアオイやら吾亦紅やら、相も変わらず時節外れの悪趣味な花束だ。
贈り物として珍重はするけれど、元来玉露の好むところではない。
玉露は既に丸めてあった瓦版を、これは手頃な的があったとばかりに、
「薄幸も薄命も御免だよ」
と言いざま、彼女に向かって投げつけた。
花屋の主は驚きもせずにヒョイと避ける。
可愛げがない、と玉露は口中でぼやいた。
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