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日本髪を解いてゆるく編んだのを片側の胸に流し、立てた枕に背を預けて寝台に座る玉露は、
素行はともかく見た目には儚げな病身の娘のようだ。
化粧をしていない素顔は青年のもののはずで、
まして今は華やいだ衣装も襦袢すらなく、
藍色の質素な浴衣に綿入りのどてらで暖を取っているのみであるのに不思議なものだ。
日に当たらぬ暮らしで膚色が白いせいか。
或いは分厚いどてらで殊更に首筋が細く映るせいか。
はたまた長年の陰間生活で身についた、なよやかな仕草のせいか。
否、醸す空気のせいかもしれない。
参っているには違いあるまい。
嫌味なまでの自身に満ちた太々しさが、幾分萎れてなりを潜めているようだ。
女主人は花を愛する優れた眸で、それらを見て取ってやや切なく笑む。
「ま、そう落ち込まないで。女の嫉妬を買うなんざ、陰間冥利に尽きるじゃないか」
「そこは別にどうだっていいんだけどね」
溜め息交じりに玉露は視線を横に流して、枕もとに設えられた簡易の戸棚のほうを見た。
水差しやらの置かれた横に、封書が一通。
口が空いていることから中の手紙は読み終えられたものとわかる。
女店主もつられて目を注いだが、玉露の唇がへの字に曲がっただけなのを見て、言及は止した。
玉露は女相手に駆け引きなどしない。
そもそも玉露のそれは仕事の上での手練手管であって、平素はそれほど計算高くは振る舞わない。
言いたいことは言いたい放題、言いたくないことは頑として言わぬ、そういう性分だと彼女は知っている。
よって、今の仕草が思わせぶりに感じられたとしても、それはそう見えただけで、玉露に他意はないのだと彼女は理解した。
実際、その通りで、玉露は手紙について何かを語るつもりは毛頭ない。
娼妓は口の堅い生き物だ。
仕事柄、他所では言えぬ打ち明け話を耳にする機会は多いが、それを自慢げにあちこち吹聴して回ったのでは信用を落とす。
秘密を握っていることすら悟らせぬのが上の手というもの。
その点、この時の玉露はいささか無防備であった。
目線を棚にやったまま、仏頂面をますます深めて唇を尖らせる。
花屋の店主は気になりつつも、持ってきた花を活けるため玉露の枕元へ寄り、手紙には気づかぬふりで隣の花瓶に腕を伸ばした。
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