幕の裏の八・沙汰の顛末

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「捨てるのかい」 ナデシコやらヒナゲシやら、大ぶりで色数の多い花々が細い茎を曲げて俯きになっているのを横目に、玉露が声をやる。 これらもまた、『天満堂』の女主人が活けたものだ。 入れ替えねば次の花は挿せない。 しおしおと俯いた花は既に盛りを過ぎている。 「ウチのは長持ちしないからねえ」 売っている当の本人が言う。 『天満堂』の売りは世にも珍しい時節違いの花たちだ。 温めた(むろ)や時には氷室で、電球の照射時間を調節したり堆肥や水の塩梅に気を遣いながら丁寧に丁寧に育てて咲かす。 そうして季節を勘違いして咲いた花は、しかし外気に触れれば実際の季節に適応できずに早々と萎れてしまう。 まるで真実を前に掻き消される夢幻のごとくだ。 元より切り花。 そう長々と()つものではなから、呆気なさも妙味と心得て彼女は売りにしているが、 花を愛する者の所業としては随分惨酷とも言える。 そこのところが、師と振り仰いだ祖母と袂を分かった遠因でもあろう。 ふと玉露は銀髪の淑やかな老女の面影を彼女に探して、ますます渋い顔をした。 「あんたのことだから、どうせあの(ひと)のところにも持って行ってるんだろうね」 「勿論だよ。あたしの可愛い()たちだもの、見せびらかしたいに決まってるじゃない」 見舞いの花に鉢植えは縁起が悪いと言うが、こう次々に枯れる切り花を取っ替え引っ換えするのもどうなのか。 言って耳を貸す相手じゃなし、口を開きかけた玉露は結局ただ溜め息を零した。
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