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七幕の一・宵の口
床の間に大振りな壺が飾られている。
白い地肌を覆い隠さんばかりに色絵付けの施された華やかな逸品である。
玉露の不在の間、
見る者も居ないのに花を活けてもしようがないと思ったわけではなく、
且つまた、誰に見られずとも稽古を怠ける紅花ではなかったが、
肝心の花を手配する者が居ないのでは如何ともし難い。
当座のしのぎに据えたのであった。
細かいものを置くよりは、いっそ大きい一品を飾った方が、
見栄えもするし手入れが楽だからという理由もある。
そこのところ、存外に要領のいい紅花である。
手前の仕事は早々に片して、玉露の見舞いに行きたい一心でもあっただろう。
健気なものだ。
尤も、それを格別喜ぶ玉露ではなかったが。
少年の慕いは常々一方通行の感が否めない。
それは兎も角。
久々に足を踏み入れた座敷の床の間で、
これでもかと存在感を示す大壺を見た玉露は束の間、目を剥き、
次いでうんざりしたように首を振って、紅花の美意識の拙さを無言のままに批判した。
それでいて片づけを命じることもなく、壺はそのまま床の間に残された。
名品は名品であるから、客の目に触れて悪いことはない。
いささか床の間の設えと釣り合いが取れていないことに目を瞑れば。
そこに拘りを持たぬ玉露であるはずもないのだが、
どうしてそれを直させなかったのか、紅花の理解は及ばない。
壺というのはどうにも滑稽だ。
日常的に使われる壺は無論、大小さまざま便利な品であるけれど、
こうして飾られるだけの美術品としての壺は、美しい反面、馬鹿馬鹿しくもある。
大きければ大きい程、その感は増す。
中身は空っぽで、水を溜めるでもなく、まして漬物や味噌、醤油を作るでもなく、茶葉の類を保管するでもなし、
何かを隠し置くわけでもなければ、叩いて鳴らすでもないガランドウ。
職人の技を凝らしたその造形、その細工、その彩色、時代や来歴と言った過ぎたる時の価、
賞賛するに相応しければ相応しい程に、上滑りするものがある。
いずれ表面で、膨らんでいるだけ、腹の裡には虚があるのみ。
などと、そんなことは当然、紅花は思い及ばず、
玉露がその有様に華美に着飾る娼妓の姿を重ねたとも限らないけれども、
何を思うかその馬鹿馬鹿しい壺をそのままにさせたのは事実である。
壺の他には目に付く飾りは特にない。
床入りのための閨とを仕切る衝立も、褥共々片付けられ、座敷は可能な限りに広く空間を取られている。
宵の口――
その座敷に一人、二人、
三人、四人と客が訪れ始めた。
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