七幕の一・宵の口

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妖艶に匂い立つ色香と凛と清らかな美しさの不可思議な両立。 それは白い頬にそっと翳を差す濃い睫毛に縁取られた、 (まなじり)高い双眸の気が強く高慢そうな光を宿す黒々とした瞳が生み出すものか。 或いは、つんと尖ったりキュウと笑みを刻んだり、不敵さと媚びを絶え間なく交錯させる赤い唇が産むものか。 否、否。 それら外面に現れる玉露の裡にある気高さ、自堕落さ、奔放さ、自重自縛の片意地さ、 芯の強さ、奥底の脆さ、情の篤さ、それを裏切る計算高さ、 そうした諸々が発露して綾なし、一個の美娼を成しているのであろう。 見慣れたはずの艶姿に、しかし紅花は新鮮な驚きをもって、くらくらと眩暈を味わった。 久方に見たためかもしれぬ。 と言って、幾年幾月も間が空いたわけではないが、毎日のことから比べれば、随分久方ぶりと言える。 いや、やはりそれはあまり関係なかろう。 いつだって、紅花は陰間として装うた際の玉露の華麗さには、目を奪われ、心を奪われてきたのである。 ただその己の心の動きに慣れて、さほど気に留めなくなっていただけだ。 珊瑚の朱色(あけいろ)は紅花の髪にも飾られていた。 同一の拵えでこそなかったが、揃いの簪は少年の心を嬉しくさせる。 今宵、紅花は鮮やかな赤色の着物を纏っている。 まさに名前の通りの紅花染めを幾度も重ねた贅沢な(くれない)の絹には、 白く雲の形が棚引き、それが一層くっきりと紅の鮮やかさを引き立てる。 雲間には雪とも花吹雪ともつかぬ金銀の小さな円が、点々と散っていた。 玉露の衣装よりよほど派手で鮮烈な一枚である。 けれども不思議と、華美華美しく主役を差し置くようには感じさせない。 けして慎ましくはないけれど、ただ(ひとえ)に愛らしい。 それが紅花の幼いなりの人となりに起因するものかは、分からない。 ただそれはとても少年に似合っていた。 愛らしく、愛くるしく、愛玩せずにいられぬ可愛らしいお禿(かむろ)ぶりである。 それをふと感じたわけでもなかろうが、玉露はフッと目を細め、 「まったく、あんたの髪は赤っぽいねえ」 珊瑚の飾りが様にならぬと、責める口ぶりでなく意地悪に貶して、 つるりと小さな頭を撫でた。 不意打ちを喰らった紅花は、反駁して良いのか喜んでいいのか、 反射的に選びかねて、円らな瞳をぱちくりとさせる。 何事もなかったように澄まし顔で部屋を発とうとする玉露に、慌てて少年は追いすがる。 少しばかり、自身の頭の上に手をやって撫でられた感触を反芻しながら。
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