七幕の三・世に明けぬ日はあらじ

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言語化されぬ無自覚下に少年はそれを悟り、故に恐れ、悲しい痛みを感じたのであった。 それを、玉露は単に怯んでいるものと見て、慰みに似たものを口走る。 「ま、無理にとは言わないさ。時期ってもんがあるだろ。  あんたがそんな呆け面で言い出したから、これがそうかと思ったけど、どうやら見込み違いだったみたいだしね。  あたしもあんな事があって、たまさか死んじまうかと思ったからね。勿論、死ぬ気はさらさらないけどさ。  昨夜はあんな宴だったし、こりゃ年貢の納め時ってやつかとちょいと気が迷っちまった。  今のことは忘れて良いよ」 話は終いとひらひら手を振る。 紅花は知らず詰めていた息を吐き出す。 安堵が胸に広がった。 同時に、またとない機会を逸したのではとの懸念も抱く。 何か、胸を搔きむしる焦燥がくすぶった。 急に居た堪らなくなって紅花は無為に手にしていた玩具を放り出すと、 まろぶように立ちあがり、さして広くない畳敷きを横切る。 玉露の傍へと駆け寄って、再び午睡に戻ろうとする肩口に縋りついた。 きゅうと細腕を巻き付けて頭を寄せる。 常にない距離の詰め方に、玉露は瞬間たじろいだが、 「なんだい突然。甘ったれの赤ん坊みたいに。  さてはあんた、あたしの目を盗んで昨日たっぷり飲んだんじゃないだろうね。それでまだ酔ってんだろう。  ったく、ザルになんなきゃ娼妓は務まんないよ。鍛え直しな」 言いもって紅花を引き剥がすでなし、ぐでぐでと文机にうつ伏してゆく。 「子供だねえ。体温が高いったら。  ちょうどいい肉布団だ。そのまま背中、暖めてな」 自分の肘を枕に頬を乗せ、睫の濃い目元で盆栽を見遣った。 指先でちょんと竹籠に触れる。 「師弟なんてな、似ないもんだねぇ。同じ道は往きそうもないよ」
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