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深い山、清い空気、ほこほこと湯気の立ち昇る温泉宿。
そこで借りた揃いの浴衣を着て、そぞろ歩く一組の男女。
一方は白髪の、小柄で、老いてなお若かりし日の美貌を窺わせる、品のいい婦人。
一方はスッと伸びた背筋に柳腰、切れ長の目元をした薄く小づくりな面立ちの若者。
若者の髪はさっぱりと短く、散髪したてなのか、やけに白い項を覗かす襟足が一線に整っている。
二人は気安い距離で、寄り添うように、足並みを揃えて歩いている。
楽しそうに、嬉しそうに、男女の仲というよりは、女同士のざっくばらんさで、親子以上に年の離れた二人が、友達のように仲睦まじく。
時に小突き合い、悪態を吐き、笑いさざめき、深山の温泉地を悠々自適に闊歩して、
この世の春を、終焉の美を、思うさま味わい尽くして謳歌している。
それは、美しい情景だった。
明るく、輝き、陰鬱さとも哀惜とも無縁の、温もりに満ちた光景だった。
さんざめく陽、頬を撫でる寒風さえも心地よく。
香る梅。
誇らしげに天を目指し、枝を飾って咲き競う。
ああ幕が降りてゆく。
ー終ー
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