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幕切れ・梅花の宴
その冬、茶屋町からほど近い梅の名所が燃え上がった。
客に連れられ舟遊びに出かけた哥さんは、以来、消息が知れない。
その日は祭りが催され、早春の梅花見と洒落込む人々で名所は賑わい、酔客も少なくなったと云う。
それ故、火災による死傷者並びに行方不明者は両手両足の指を折っても足りぬ数に及び、その中には舟遊びに誘った男を含め、哥さんに特に入れ込んでいた上客らの名も挙がっている。
偽りの恋に花咲かせ、戯れに鳴くのを身上とした哥さんが、いずれかの男と身ひとつで駆け落ちしたとは考えにくい。
昔と違って茶屋での色売りは、一度入ったが最後出られぬ類のものではなく、惚れた腫れたの相手が居るなら、足を洗うなどいつでもできる。
それを望まず、飼われることを好んだ哥さんが、どうして消息を絶ったのか。
無理心中を強いられ炎に飛び込まされたか、或いは偶々の事故に巻き込まれ焼死したか。
哥さんの暮らした座敷の部屋では、格子窓の下に据えられた文机の上で、竹籠に収められた梅盆栽が、小さく赤い蕾をつけて主の帰りを待ち続けている。
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