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魔術講座
これは異端諮問局の本部でリウォルがロゥウェイに講義を受けていた頃の話。
リウォルの魔術の勉強を見るように室長から命じられたロゥウェイは、まだリウォルの待つ部屋に現れていなかった。教師の遅刻について、少年は気にしていなかった。この教師が遅刻するのがいつもの事だけどというのもあるが、少年もそれを気にするような情緒を持ち合わせてはいなかった。
記憶喪失の状態で異端諮問局に連れてこられてから数ヶ月。記憶が戻る兆候は一切無かった。どうにか人間として生活できる知識は与えられたが、それを上手く扱えている訳ではない。出来る事に限定すれば着替えや入浴などー幼児レベルだった。勿論、記憶を完全に失ってしまったからか言葉も喋れず、大きな赤ん坊のようだった初期からすれば大きな成長ではあるのだが。
そんな知識や技術と同様に、精神も幼子のようになっている彼にはまだ「遅刻が悪い事」だったり「待たされたら怒るもの」という意識は無いらしい。
そんな訳で、リウォルは教科書として渡された本を読みながらロゥウェイが訪れるのを待っていた。文字の読み書きは魔術で無理矢理叩き込まれたので、本は一応読める。内容を理解しているかと問われれば否なので、どちらかと言うと眺めていたというのが正解か。
数ページ読んだ頃、部屋の扉が開き謎の仮面を装着した男ー服装や髪からしてロゥウェイーが現れた。
「はーい。授業始めますよー」
女性の声でそう告げて、術式を展開した。それにより彼の目の前の空間には様々な文字が浮かび上がり、意味を形成するべく整列していく。
「…驚かないんですか?」
じっと文字列を眺めるリウォルに対して、ロゥウェイが女性の声のまま尋ねた。だが、少年には分からない。
リウォルは記憶喪失で、ここ数ヶ月の記憶しか無かった。これでは生まれて数ヶ月の赤子のようなものだ。つまるところ、彼には人間としての経験値が少ない。
ロゥウェイが行った「男性が女性の声を出す」というのは通常は「男性が女性の声を出す事は無い」という情報が無ければ驚きようが無いのだ。よってその事前情報を持っていないリウォルが驚く道理は無いとも言える。
そもそもよく会う人物の声が変わっていたら戸惑うものなのだが、彼は特に気にならなかったようだ。人間の声はそう大きく変わるものでは無いという認識も無いのかもしれない。
「あーあー。つまらないですね」
そう言いながら仮面を外せば、みるみる声は元通りの男性のそれとなった。
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