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声が変化するという現象を目の当たりにしたリウォルは、興味深そうにロゥウェイを見つめた。どうやら何が普通かを分かっていない状態でも、目新しい事に触れると興味を向けるようだ。
幼い子供は大抵そうだ。その事に思い至り、男は眉間に皺を寄せて眉尻を下げる。「この子は本当に赤子のようなものなのだな」と認識し、昏い気持ちになったのだ。
それを少年に気取られぬように努めて明るい声で話しかける。尤も何か気になって違和感を覚えていたとしても、気がつくのはずっと先の話だろう。その頃には幾分か、自分の気持ちも凪いでいるに違いない。
この子だって成長するのだ。生きてさえ、いれば。
「せっかく魔導機器を借りてきたんですけどねー」
「へぇ。どこから借りてきたんですか?」
「宝物庫ですよ」
宝物庫とは文字通り、宝物を入れておく場所だ。そして、それは大抵「王室の」という言葉が付く。つまりロゥウェイは王家の所有する物を拝借してきたという事だ。
「そうなんですか」
「内緒ですよ。バレたら怒られますから」
許可を得ていないのに持ってきた状態は「盗んだ」と言うのではないだろうか。勿論、リウォルにはまだその辺りの事は分からない。だが違和感を感じているようで、眉間に皺を寄せた表情をしている。本能的に違和感を感じでいるのか、記憶が無いように見えても深層心理に刻まれているのか。
とは言え、そんな曖昧な違和感を言葉に出来る能力など彼には無い。故に話はそのまま進む。
「これは仮面を通過した声を変化させる物で、王族の逃亡などに用いられたという話です」
人間の中では長生きしているというロゥウェイでさえ、遭遇した事は無いらしい。それだけ昔の話なのだろう。或いは、そういう事にしておきたいのか。
そんな疑問を抱かずに素直に「そうなのか」と考えるリウォルへ、老教師は穏やかな眼差しを向けた。そこに何が含まれているのか、少年には皆目検討もつかない。そもそも、そこに何らかの感情が含まれているという事すら気づいていないだろう。
いつも通りに授業が開始され、必要な知識を与えていく。確かに彼らの日常の穏やかさがあった。この行為が幼く無垢な少年を地獄のような死地に向かわせる結果になるかもしれないと知りながら、ロゥウェイは話続ける。
在りし日の罪をなぞるような贖罪の日々を過ごした。それはきっと、誰にとっても穏やかな煉獄であった事だろう。
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