春嵐の誉れ

4/7
前へ
/7ページ
次へ
「野波せーんせ!」  偶然を装い、声を掛ける。 「あれ、武藤さん。まだ残ってたんですか? 今日は実力テストだから完全下校のはずですし、荒天が予想されるから早く帰るようにと──」 「そんなことよりどうしたんですか? 雨宿りですか?」 「ああ……はい。車に傘を置いてきてしまって。距離もあまりないし、走り抜けようかと様子を見てたんですが……」  ビンゴ!  やっぱり、駐車場までの道すがら、傘がない! 「先生! あたし傘持ってますよ! ほら!」  と、藍色の傘をこれ見よがしに掲げる。 「……はい。それはよかったですね、武藤さん」 「入れてあげます!」 「え?」 「相合い傘しましょう! 先生!」 「……。いえ……。大丈夫ですよ、武藤さん。いざとなれば傘を職員室から借りられますし……」 「職員室に置いてある傘なんてどうせビニ傘でしょ? 先生にそんな安っぽい傘は似合いません!」 「何を言うんですか。それに僕は普段からビニール傘を──」 「相合い傘しましょう!」 「聞いてますか? 武藤さん。こんな天気の中、一つの傘に二人は無理ですって。──ほら、言ってるそばから雨風が強くなってきた」 「駐車場まででいいですから! 相合い傘しましょう!」 「いえ、ダメですって。傘は職員室まで戻ればありますから……」 「先生! ほら! 見てくださいよ!」  と、あたしは傘をパッと広げた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加