春嵐の誉れ

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「藍色の傘! 綺麗でしょ? エモくないですか?」  藍色の、折りたたみ傘。新品のおろしたてだ。  何を隠そう、あたしも最近まではもっぱら白のビニール傘を使っていて、しかも管理もいい加減で、たとえ先っぽが錆びてその錆びが内側の傘布部分までじわじわと浸食してきたとしても、ほったらかしにしていた。  だけど、さすがにそれでは格好が悪い。  だから、自分用にちゃんとした折りたたみ傘を買った。  何故かって?  それは恋をしたからだよ。  オシャレは足元からって言うじゃない?  恋は傘からなんだよ。  知らんけど。  ……そんな恋の相手であるあたしの先生。  傘よりも違う所に興味がいったようで、手で顎を押さえながら考え込んでいる。 「……そのエモいという言葉。エモーショナルから来てるんですよね。大変興味深いです。僕がエモいという言葉を初めて聞いたのは、とある展覧会のキャッチコピーで──」  あたしが「へー、そうなんですかー」と返事をした、その時だった──。  ブワッ。  突風が吹いた。 「ひあっ……」 「危ない!」  ──と、バランスを崩し掛けたあたしを支えてくれる先生。 「………………っ、」  近いとか……。  触れたとか……。  腰に手が回ってるとか……。  それ以上にあたしの頭が沸騰しそうでグラグラ回ってるとか……。  これは事件。大事件。  ──なんだけど……。  それらが全部取り払われちゃうぐらいの冷静さを来すほどの事象が、目の前で繰り広げられていた。 「ふぇっ……」  思わず変な声が出る。  何故なら、おろしたての新品藍色傘が、裏返って壊れていたからだ。
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