5人が本棚に入れています
本棚に追加
凛花の声がした。意識を取り戻したらしい。
「大丈夫か?」
「はい」
ほっと、胸をなで下ろす。
凛花はフラフラと立ち上がった。
「立てるんだな。歩けるなら、帰った方が良い。今、救急車を呼ぼうとしたけど、ちょっと上手くいかなくて」
「そんな、大げさです」
凛花の立ち上がった姿を、マジマジと見る。明るいところで見ると、可愛らしい普通の、どこにでもいるような少女だった。
赤く腫れた頬を除いては。
俺の視線に気付いたのか、凛花は慌てた様子で頬を手で隠す。
「鬼です」
ポツリと言う。
「あれは、パパじゃなくて、鬼」
凛花は目を逸らしたまま、そう答える。
「ご迷惑をおかけしました。帰ります」
「あ、ああ」
小雨になってきた。これならそんなに濡れないで帰れるだろう。
「気をつけてな」
「はい」
凛花は微笑んで頷いた。
「ありがとうございました」
そう言って、凛花は去っていった。
ありがとう。
そんな言葉は、いつぶりだろうか。
あの少女は、虐待を受けている。
分かっていたが、ホームレスの俺にはどうしようも出来ない。自分のことさえままならないのに、他人を救うことなど。
「あ」
先ほど、ポケットに入れたメモ書きを思い出す。声の主は言った。
その子を助けたいと思うなら。
最初のコメントを投稿しよう!