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その日から全てを失った
最初はいつものことだと思った。しばらくすれば、おさまると。
「お前ら、外にでろ!」
課長の声に、慌てて逃げた。作業中に持ち場を離れるのは初めてだった。
揺れは続き、うまく歩くことが出来なかった。
外に出てしばらくして、工場の中から大きな音がした。機材か何か倒れたらしかった。
現実味がなかった。
この年の3月11日、うちの工場は使用禁止になった。何人かは他の工場に引き抜かれたが、契約社員の多くが解雇された。
俺もその一人だった。
実家は津波に飲まれ、唯一の肉親である母親が亡くなった。俺は職も失い、帰るところも失くした。
ショックで何も手につかず、職探しもしなかった。次第に家賃が払えなくなり、とうとうアパートを追い出された。
いとも簡単に、転がり落ちて行った。
身寄りのない俺は、路上生活を余儀なくされ、駅や公園で寝泊まりした。そんな中、友達も出来た。名前をたくちゃんと言う。
彼は、当時住んでいた(と言っても家はないが)地区のリーダー的存在だった。ゴミ置場を漁り、他のホームレス達から絡まれている所を助けてくれた。
「金はねえけど、心まで貧しくなりたくないからな」
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