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それぞれの国が現在の国名ではなかった古い時代、後にナザニエル帝国となった当時の王国の王女が舟遊びをしていたところ、潮に流され、辿り着いた無人島があった。寒い冬が短く、木々が生い茂り、花々が咲き乱れる島の風土を甚く気に入った王女がのちに数人の従者と数十人の市民を連れて移り住み、ベルリング王国として独立した歴史がある。だから言語が同じで『月夜の狼団』との会話には困らなかったのだが、ここはまた別の大陸で、別の言語が使用されていた。
男と遣り取りしているアランの言葉の意味は分からず、音としての情報しか入ってこないが、流暢に話す言葉は歌っている旋律に聞こえて耳を傾けていた。
「カイル……そろそろ離してくんない?」
何を?と問おうとして、アランの服の端を握り締めたままだったことに気付いた。
「っ、ゴメン!」
服の端を掴まれていて、動き辛かったようだ。慌てて手を離した。
「ああ」
しゃがみこんで袋から中身を出してはテーブルに置き、捲くし立てる勢いで交渉する。その抑揚も、普段の覇気がない喋り方とは違うからか、聞き入りながらも意味が分からないことで微かな疎外感を感じていると、老人に手招きされ、別の部屋に案内された。手振りで勧められるまま椅子に座ると、温かい飲み物と甘い香りがするものを出された。お菓子なんだろうか。笑顔を浮かべ、同じものを自分の前に置いた老人が、飲む仕草をする。飲めということか。
「ありがとうございます、いただきます」
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