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一、月夜の独白
新月の夜に、神々しいまでの満月があった。
月など浮かぶはずのない夜に見たあの浩々とした光りは、果たして夢か現か。
それとも彼女が魅せた幻か。
もう月へは帰らぬと、斬り捨てた己の長い髪は無数の蝶となって天を翔けた。
もう飛ぶことさえ叶わぬ身となった己の代わりに、夜空を舞う。ひらひら、と。
それは恋焦がれた己が半身への想い。
それは届かないまま、届けるべき存在を失ってしまった想い。
それは―――猫の心。
猫は少女を失い、心を捨てた。
そうしなければ、生きてゆかれなかったから。この永き時を。
未来永劫、二度と見えることの叶わぬ少女を愛し続けて生きることは、猫にとって死することよりも辛いことだから。
決して手の届かぬ、月。
だからこそ愛して止まぬ、月。
それは、遠く、遠く。
遥かとおく。
愚かで、穢れても清らかな少女を、憎むほどに愛していた。
消えるのならば、己の前から永遠に消えてしまうのならば、いっそこの想いごと消えてくれればよかった。我が心をいっそ攫ってくれればよかった。
これほどまでに、苦しまぬよう。
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