刻まれた痕【西崎視点】

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結局オレは師事していた教授に熱望されて、ショパンのバラード1番を弾いた。 試験向きじゃないけど演奏会だし、聞かせるなら派手だしあれがいいと言われたので弾いたけど自分で言うのもナンだが……正直小手先だけの演奏だった。 派手な音で誤魔化し、見せ場を作るのは得意。これがオレのピアノの限界だ。 対して愛華が弾いたのはシューマンのピアノソナタ第1番。きめ細やかな粒の揃った真珠のような音がよく活きていて、ピアノの音が会場に染み渡っていき……空気そのものを変えてしまう。 (やっぱり巧いな) それなのにちっとも楽しそうでも、自信があるようにも見えないのが不思議で仕方ない。 演奏会後、控室の廊下で沢山の女の子がやってきて花をくれたり食べ物やら贈り物をくれた。そんなに貰ってもなぁと思いながらも笑顔で受け取ると、一様に赤くなって去っていく。女の子ってみんな可愛いし、好かれれば嬉しいのも本音だけど……欲しいのは君たちじゃない。
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