刻まれた痕【西崎視点】

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翌朝は妙に目覚めの良い朝だった。過去の夢をかなり見た気がするのにゆっくり寝たからだろうかとても頭がスッキリとしていた。 (懐かしかったな、学内演奏会なんて) あれがオレの最後のピアノの舞台だった。4年からは指揮科に転科したので、人前で楽器を演奏したのはあの年が最後だ。改めてベッドの上で自分の手を見る。 「神様から貰った手、か……本当にそうならいい」 犠牲にしてきたもの結構もある。けれど、だからといって嘆いてばかりも居られないし、その分上に上がっていかなければとも思う。まだまだやっていくんだ、罪も背負いながら…… 「よし、支度するかな」 起き上がりシャワーを浴びてから部屋を出る。レストランでモーニングを食べていると、菜々華からメッセージが入ってきた。 『おはようございます。体調はいかがですか?11時にお迎えに上がります、何かあれば仰ってください』 仕事のメッセージだから仕方ないけれど、堅い。今まで出会ってきた女性たちは仕事で繋がったとしても大抵すぐに馴れ馴れしくなっていくのに、菜々華は変わらない。 相当頭の回転が速くて記憶力もよく気も使えるが控えめかと思えば、物怖じせずにオレにも教授にも意見する。今まで会ったことのないタイプだ。 ただ、横井教授が彼女を離さないのもわかる気はする……本当に彼女が優秀だからだろう。 歌科だって言ってたけど歌わないのかな?聴いてみたい気がするんだけどなと思う。 あの堅い彼女がどんなプレイヤーなのか気になる。しかし今は仕事が優先だ。 (まずは仕事仕事) その後は濃紺のスーツに身を包んだ菜々華の運転する車に乗り込み、指揮者として招かれたオーケストラとのリハーサルへ向かう。 車の中でスコアを広げて音を追えば作る世界が見えてくる。 まだまだこれからだ。やっとスタートに立った所だから気を抜けない、そう改めて思いながら。
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