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彼の創る世界
翌日のリハーサルは西崎さんが国際コンクールで優勝したことで得た日本での指揮の初仕事だった。
日本にあるプロのオーケストラはそんなに数多くない。
そしてその多くは海外からの指揮者を呼んでいて、コンサートを行うのだ。
その正指揮者に日本人のしかも無名の若い彼が選ばれたのは海外の若手の登竜門と言われる名のあるコンクールを制したからだった。
何よりあの整った容姿と華のある存在感で今や時の人となった彼となれば引く手数多なのも頷ける。
ヨーロッパに比べて盛り上がっていない日本のクラシック界で、彼の人気は『価値がある』ということだ。
「どうも、西崎です!初めまして……と、そうじゃない方もチラホラいますね、どうもお久しぶりです!10年ぶりにアナタの西崎、日本に帰って参りました。見た目通りにか弱い仔鹿みたいなボクなので、皆様!どうぞお手柔らかにお願いします」
指揮台でそう西崎さんが言うとどっと笑いと拍手が巻き起こる(といっても手ではなく足や弓で譜面台を叩くオーケストラの拍手だ)
彼の周りはいつも明るい。明るく咲いた華である彼にみんな吸い寄せられていくまるで蝶や蜂のようだ。
「じゃ早速行きましょう!荘厳な始まりでいざ異国の地へ、第一のあたまから」
ひゅっと棒が振り上がり、そこから彼の世界が始まる……
歌うような泣くような、いや語るのだ。
シェエラザードのテーマを奏でるヴァイオリンに彼が音を愛でるように指示を出す。
妖艶で奥に秘めた情熱の波ような楽器たちを一つ一つ丁寧に紡いでいけばあっという間にそこは異国、シンドバッドの海だった。
アラビアンの夜の世界、毎夜恐ろしい王に極上のおとぎ話を聞かせる理知的で魅力的な美しい女性が微笑んで見えた……
彼が指示を出したりオケに声を掛けて行けば、どんどんオケがノッていくのが分かる。
仔鹿だなんてとんでもない、彼は一瞬でこの場を支配する王者のライオンだ。しかもこの王者は魔法を使う。音楽と言う強力な魔法で空間を変えてしまうのだ。
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