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やがて音の波が去っていくと、張り詰めた空気の中で恍惚の表情をした西崎さんがゆっくりと指揮棒を降ろす。
「はーい、こんなとこでお願いします。じゃあ次は……ん?あとゲネプロか、まぁ問題なしですね次も皆さんの良い音を楽しみにしてます。また愛し合いましょう?」
汗だくになりながら貼り付いた髪の毛を指で流しながらウィンクしてみせる西崎さんはホントにキザだ……
けれどそれが問題なく似合ってしまうからタチが悪い。
「どうだった?菜々華ちゃん」
指揮台を降りて、ロビーに戻ってきた西崎さんが私を見て唇を三日月のように引き上げて笑って聞いた。
「相変わらず厭らしい指揮でしたね」
嘘をついても仕方ない。本当に感じたまま伝えると西崎さんはオーバーに肩を竦めてから私の肩にスッと触れた。
「あらら、感じちゃった?」
「ば、ばっかじゃないですか!」
「ばかって酷いなぁ菜々華ちゃんは……」
私に触れたまま、落ち込んで肩を落とすような仕草をわざとして、こちらをちらりとみた。また、あの甘えるような上目遣いだ。
(人タラシ!)
「酷くありません。正直なだけです……ちなみに褒めてますからね?」
厭らしいけれど、間違いなく艶っぽくて色気のある演奏だった。この人の創る世界は壮大で深く彩り豊かでとても魅力的だ。
「あらそ、そりゃどーも有難う」
西崎さんは先程までの作った笑いではなく、少し嬉しそうに自然な表情で笑った。その柔らかい笑みに心臓が跳ねる。
(え……何?)
ちょっと顔のイイ人が笑ったからってナニ跳ねてるのよ私の心臓!
この人タラシにたらされたりなんか、しないんだから!
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