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リハーサルの帰り、西崎さんと私の出身大学のオーケストラ事務局から連絡が入り、西崎さんの大学時代の恩師が指揮を振るから市民オケのコンサートを見に来ないかとお誘いがあった。その旨を西崎さんに伝えると
「ええ、めんどくさいなぁ」
と腕を後ろに組んで欠伸をしながら答えた。
西崎さんのためになるはず、と秘書としては思い進言したがどうやら彼は乗り気ではないようだ。
「そう仰らず。これは行って損はない誘いだと思います。狭い世界ですから」
そう言うと少しだけ思案してから西崎さんが、んーっと唸る。
「市民オケねぇ、ちなみに他の仕事の予定は?」
「その日でしたらスケジュールも空いてますし、大丈夫です」
「分かった、菜々華ちゃんが言うとおり、繋がりは大事だしなぁ。挨拶がてら行くよ」
一応行っておくかと言う気になってくれてよかった。気持ちが変わらないうちに予定に入れてしまおうと
「わかりました、先方に伝えます」
と、食い気味に答えると西崎さんは困ったように眉を下げた。
「菜々華ちゃんの推しには負けたー」
「何を言ってるんですか」
笑顔でそんなこと言われても困ってしまう。思わず目を逸らした。けれど、ふと西崎さんの視線を感じて顔をもう一度見ると、何やら企んでいそうな顔をしてこちらを見ていた。
「あー、そうだ当日は菜々華ちゃんも同行するよね?もちろん」
と、ポンッと肩に手を置かれた。しかも口許にはすごくわざとらしい微笑みを浮かべている。
「え?私の仕事じゃありませんから行きませんよ?」
無視してかわしてしまおうと手帳なんて取り出して向きを変えて書きこんで見せても西崎さんは諦めない。
「コンサートは女性と行かないとでしょ?そうじゃなきゃ、世界を股にかけるイケメン指揮者じゃないでしょ?カッコ位つけさせてよ」
何だその訳のわからない理由は、と少し頭にきてつい口調がキツくなって返してしまった。
「そんな偽装は他の美しい方にでも頼めばいいじゃないですか、西﨑さんが声をかけたら女性がホイホイついてきますでしょ?」
「ホイホイって……まぁそうだけども、惚れられたら後々面倒だろ?菜々華ちゃんならオレに惚れない」
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