カタイ女

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その人がタクトを振ると景色が色を変える。 暗いコンサートホールが綺羅びやかな宮廷の広間に、あるいは見渡す限り緑の生い茂る草原、雨の街、広大な海に あっという間にその手から生み出される音によって別世界に誘われ、私たちは支配されてしまう。 少しゴツゴツとした短めのその指をした彼の手は、普通に見ると特別に美しいと言うわけではないが、とびきりの魔法を使えるのだ。 初めてその人の作る音楽を聞いたその時、体中がゾワゾワした。なぜなら 「何、カンジちゃった?ナナちゃん……フフフ」 その発言と共にその音楽がとってもなんと言ったらよいか……イヤらしかったからだ。 音が蠱惑的な美女になり、艶めかしく身体をなぞる手のように、空間を撫でる。 「いいえ?ただ、相変わらずイヤらしい音楽だなと」 思った通りを簡潔に伝えると彼は飄々とした顔で答えるのだ。 「言うねぇキミも……まぁでも、音楽と愛し合うのがオレのヤり方だからねぇ、フフフ」 低く響く声が妖艶とも言える色気を纏い、耳にすれば気を抜くとドキっとしてしまうから困る。 色素の薄い肌に褐色の瞳、顔立ちを見れば中性的だが、それに似合わないゴツゴツした指に広い肩幅、そしてスラリと伸びた脚は身体の割に長い どこかアンバランスさの魅力が彼にはある。 「ですから……イチイチ言い方も卑猥です西崎さん」 彼の額から滴る汗を見て、肌触りと吸水性の良いタオルを手渡すとそれを御礼を言って受け取り汗を拭いながら微笑んだ。 「あはは!少し表情崩れたじゃん、カタイカターイ、ナナちゃん、スマイルねー!」 (はぁ、苛つく) なんだってこの人は居るだけで私の神経を苛立たせるのだろう。
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