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その後、私の方を見た愛華さんが優しく微笑んでから西崎さんに近づいてそっと何やら耳打ちした。
すると、西崎さんが少し困ったような顔をして
「あ、いや……」
と口篭ってこちらを見た。何だろう?と私も西崎さんを見れば、視線が絡み合う。
その一瞬にお互いの何かしら想いが見えたような気がして苦しくて、思わず視線をそらした。
「蓮斗しっかりしなさいよ!うかうかしてると専務に持ってかれるわよ?気に入ってるみたいだからね……私に色々聞いてきたもん。しかもイイ女だもんねぇアンタみたいなフニャフニャしたオトコには勿体無いくらい。」
「え……いや、だから愛華」
「ふふ、じゃあ話は終わりでいいかしら?仕事はよろしくお願いします。では本栖を連れてきます」
会釈すると愛華さんは部屋を出ていった。その様子を少しぼんやりと眺めてから西崎さんをちらりと見ると少し表情を緩めていたように見えて安堵した。すると西崎さんが私に深く頭を下げた。
「有り難う、菜々華」
いつもみたいな演技をした大袈裟な話し方ではない自然な声が耳に飛び込んできて胸が跳ねたのに、さらに頭を上げて私を見た瞳が綺麗に私を映し出すものだから
「いえ、私は何もしていません。すぐに室内楽の楽譜や編成表を受け取ってきます、打ち合わせが終わりましたら下でお待ち下さい」
誤魔化すように努めて表情を引き締めて業務用に言葉を紡いだ。
「……有り難う」
そんな私に気づかない西崎さんは立ち上がり近づいて来て頭を撫でてきた。その手の優しさに甘えてしまいそうになるけれど、そんな事してはいけない。
「……お気にせずに、業務ですから」
何とか絞り出した声で言い放ち、心を鎮めるためにコツコツと正確ビートを刻んで部屋を出た。
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