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葉だらけの身体に、襦袢をかけてヤカ子は優しく言った。
屋敷の庭は広い。
初夏のぬるい空気に、様々な樹々が葉を揺らしている。
「ヤカ子、この樹だ。前から怪しいと思っていたが、今夜は特に妖力を放っている」
ヤカ子の父は呪文が書かれた札のようなものを、桜の樹に何枚も貼り付けた。
「お前たちは何者なの?」
姫さんは桜の樹の前にうずくまるようにして、怯えている。
「呪祓師……、人間の業が生んだ呪いを、祓う役目がございます」
ヤカ子が奇妙に明るい夜空に向かって呟いた。
いつなや 身に吹く花の病
幼き姫を苗床に
摘んでも 摘んでも 花は吹く
あわれ 花にまみれた開かずの間
誰とて 誰も 救えますまい
ヤカ子が歌う。
父は、それに合わせて声を唸らせた。
突然、桜の樹の根本が波打ってめりめりと音を立てた。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
姫さんが叫んだのも無理はない。
土がめくれて、中から飛び出してきたのは姫さんそのものだったのだ。
「な、なんであたしがっ!!」
薄暗闇に浮かぶのは、姫さんの生々しい肉体である。
「奥方さまの呪いです」
ヤカ子の父が土に汚れた姫さんの身体にお札を貼った。
「男子間違いなしと言われ生まれたのが姫さまでした。『桜呪三遍御奇願(おうじゅさんべんおんきがん)』という、古くからの呪いを使っています。姫さまの命尽きるとき、男児が生まれるように……お札にその文言が浮かび上がっています」
「そんな……」
姫さんは嘆き、葉をむしり取りながら泣く。
ヤカ子は姫さんの頬に手を当てて微笑んだ。
「姫さま。この呪い、奥方さまに返しましょう」
「え?」
「お返しするのです。姫さまは幸せになるのです」
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