呪祓師 序

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  天(あま)風に   業の滅びゆくときはきた   返す返す ここに呪祓の月あらん   いざ 主の元へ一切を返さん  ヤカ子が歌うと、土の中の姫さんが粉々に風に散った。 「ヤカ子、姫さまを!」  父が叫んだ。  祓いの行いに、桜の樹がものすごい抵抗を始めた。  桜の枝がにゅるにゅると伸びて、ヤカ子の父を縛り上げる。  身体中の葉が枯れ落ちた姫さんは白肌を露わにした。  ヤカ子はすぐさま襦袢で姫さんを包んだ。 「こっちは大丈夫!」  ヤカ子の声に、父はその勢いで胸に隠していた小刀を桜の樹の幹に突き立てた。 「お前……、姫さまを守るために……」  ほどなく、桜の樹は元通り、いつもと変わらぬ姿になった。 「自分が利用されているのを知って、ヤカ子に気づいてもらえるよう仕向けたそうだ。桜の樹が、最後に伝えてくれた。この樹はすぐに枯れるだろう」 ヤカ子の父は、疲れ切った顔で呟いた。  翌朝、寝床で変死している九条まひる子に、屋敷は騒然となった。 「心臓発作ですって」 「あんな青っちろい顔して、長生きしないと思ってたわ」 「でも姫さまがすっかり元気になって、なんの因果かねえ」  そんな声が飛び交う。 「結果として、姫さまから母さまを奪ってしまいました」  ヤカ子は姫さんに謝った。  それでも姫さんは、 「新しい友だちのほうが大切よ」  と笑ったという。  それからヤカ子一家はそのお屋敷から離れ、別の地で同じように富豪の家に仕えたが、ヤカ子だけは父の命で呪祓師として独立するよう言われ、細々と人間の裏を縫うように生きてきたのだった。  残念ながら姫さんは長く患った桜の病のせいで若いうちにこの世を去った。  遠く離れた地でなぜヤカ子が姫さんの死を知ったのか。  新しく仕えていたお屋敷の桜の木が、季節外れの真夏に一斉に花を咲かせたのである。  そして、曾祖母からこの話を聞いている私もまた、呪祓師としての血に抗えず、その道を拓こうとしている。
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