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「いただきます」
僕と好美は声を揃えて挨拶をした。いつもと変わらない味に舌鼓を打つ。好美が作る卵焼きは基本的にしょっぱい。僕が甘い方をリクエストすれば砂糖を入れてくれるが、何も言わなかったら醤油と塩を入れて焼く。最近はしょっぱいのが続いている。そろそろ甘い卵焼きが恋しくなってきた。
「好美、明日は甘いので頼む」
「そういえば最近は砂糖を入れてなかったわね。私も甘い卵焼きが食べたくなってきちゃった」
今日の食卓も非常に和やかだ。一年後にはここにもう一人加わるのだから、今から楽しみで仕方がない。
綺麗に食べた後は出勤の時間まで家事をする。といっても、皿洗いや洗濯機のスイッチを押すぐらいしか出来ないが。
結婚をする時、好美と相談して家事育児は分担してやると決めた。きっかけは昨今テレビやネットで話題になっている、家で何もしない夫の特集を見たからだ。僕の父親と似た男性が出てきたのは衝撃的だった。父親は家事の何もかもを母親に任せていた。僕もそれに甘えていたと思う。
特集を見た好美は「あり得ない!」と憤慨していた。僕も第三者の目線から「これはないな」と呟いてしまった。今までの生活を棚に上げたのである。これを見てからは、好美に自慢されるような夫になりたいと思った。
僕の座右の銘はありきたりだが『有言実行』だ。その日から僕は家事の仕方を学び、今ではある程度のことは簡単に出来るようになっていた。教えてくれた母親には感謝しかない。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「お仕事頑張ってね。無理そうだったら早退するんだよー」
好美に見送られて家を出る。今日の朝食も美味しかったし、家事も時間内に終わった。体調が悪いことを除けば、とても良いスタートを切っている。
車のエンジンをかけ、僕が五年間働いている工場に向かう。なんとなく面接しに行ったらぜひ働いてくれと言われ、流されるがままに就職してしまったという経緯があるが、周りは良い人が多いし、給料も五年後には家が建てられるぐらいには多い。今となっては就職して本当に良かったと思っている。工場の規模が大きいせいで駐車には毎度苦労するし、廊下ではぶつからないように気を張る必要があるのが欠点だが、そんなものは些細な不満でしかない。
今日もロッカーは沢山の人で賑わっている。ここは正社員も派遣も関係ない。フラットな関係を築ける場所だ。
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