0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「あっ、五郎さんおはようございます」
「植田か、おはようさん。ん? どうした、顔色が悪いぞ」
僕の隣のロッカーは、鷹野五郎という人が使っている。御年五十九歳になるのだが、「まだまだ若い者には負けん!」と言って、登山や水泳などのスポーツをする元気なご老人だ。
入社時期は同じなのに、僕よりも早く仕事を覚えて皆から頼られている。何事にも動じず、素早く若手のフォローに入るその姿は僕の憧れだ。テキパキと行動するその動きは初めてとは言い難く、実は製造業に従事していたのでは、という噂がある。確かめていないが、手際の良さを見るに本当のことだと思う。
五郎さんの作業場は僕と離れているが、顔を合わせればなにかと面倒を見てくれる良いお爺さんだ。
「ちょっと寝不足でして……」
「そうなのか。何年もこの仕事やってると昼も夜もシッチャカメッチャカになるからな。そりゃ寝れない日もある。あまり無理はするなよ」
「ええ、本当にやばくなってきたら早退します」
「それが良い。じゃあ俺は先に行ってるから、また後でな」
先に着替え終わった五郎さんが作業場へと向かう。僕はそれを見送ってから、ゆるゆると自分の作業着に腕を通した。
ゴウンゴウンと、機械的な音が響く作業場。工場内には耳栓が必要なほど大きい音が鳴る場所もある、と聞いたことがある。
そうだ、音だ。昨夜の変な音を思い出す。あれの正体は何だったのだろう。冷静に考えてみれば、家の中から断続的に音が聞こえるのはおかしい。朝まで鳴っていたなら、家の欠陥を疑うけど、そうではない。それに、寝室の方がハッキリと聞こえるのも不思議だ。
今日もまた聞こえるんじゃないか? 嫌な想像をして憂鬱になる。
最初のコメントを投稿しよう!