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次の電車までは、まだ2時間以上もある。ならばと、案内所で観光マップを手に入れ、その、ターミナル駅の周辺を、ぶらぶらと歩き始めた。
歩き始めて10分ほど経ったろうか、妙に腹が減ってきた。気付けば昼時だ。だが、駅からは随分と離れてしまった。辺りを見渡しても、適当な飲食店が見当たらない。目につくのはたった一軒、それもこの観光マップにすら載っていない、古びた流行らなそうなラーメン店のみである。さて、この先歩いたところで、適当な店が見つかる保証はない。普段は優柔不断にもかかわらず、その時だけは自分を納得させて即断し、日に灼けて、「赤」がかなり色あせた暖簾を、くぐって行った。
「ね、いいの?、黙ってないで何とか言ってよもう」
予想以上のボリュームで出てきたチャーシューメンをかき込んでいると、カウンターの中で、20代の綺麗な女店員が、50代に見える店の大将に向かって話しかけている。ははあ、どうも二人は親子だな。店の外観が物語る通り、この時間帯でさえ、客は自分一人だけである。
「人を雇うお金なんかないでしょ」
「一人で回せるさ」
「私、手伝いにくるから」
「ダメだ、それだけはダメだ」
「血圧高いんだし、倒れたらどうすんのよ」
「そんなにヤワな体じゃねえよ」
「お父さん!」
「いい加減にしろ、黙って出ていけ」
一生懸命聞き耳を立てていると、そこで二人連れのサラリーマンが入って来て、会話は終わってしまった。
やがてラーメン店を後にすると、旧赤線地帯の雰囲気が残る、歓楽街の中を進んでいった。個人的にはこういう、現代から取り残された雰囲気が大好きである。写真を撮るべくスマホを構え、アングルを模索していると、すぐ傍に停まっていた酒屋のトラックの陰で、Tシャツの袖を肩までまくり上げた、前掛け姿の茶髪の兄ちゃんが、配達先の店の男と話をしている。
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