▼一話 食べかけのトマトスープオムライス

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 言葉に出して、文さんの言っていた覚悟を決める。  ゴクリと唾を飲み込んで、私は一縷の望みにかけるように門を潜った。  ――その瞬間、目の前の景色はガラリと変わった。  重厚感あるオーク材のテーブルと、赤い座面の椅子がいくつか並んでいる薄暗い店内。席の天井からステンドガラスような照明傘が吊り下げられていて、暖色の灯りをともしている。  蓄音機の褪せたゴールドのホーンから流れるのは、クラシック音楽。昭和にタイムスリップしたようなレトロな空間がそこにはあった。 「なっ……なに!? ここは、なに!?」  それ以外の言葉が出てこない。困惑と疑問が竜巻のように頭の中でぐるぐるとしていて、ついには私までその場で回転してしまう。  鳥居の向こうには、何の変哲もない道が続いていたはずだった。なのに、私はどうして喫茶店の中にいるんだろう。  これはまた、おかしな夢を見ているに違いない。  そう思うのは最近、暗闇の中で道を隔てている岩に『お願いだから追いかけてこないで』と叫ぶ、カオスな夢を繰り返し見ているからだ。 「仕事辞めて、ほっとしたから? 看護師って精神的に病む人が多いってよく言うし、病気って気を抜いたときが一番怖いのよね」     
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