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思わず「ひっ」と悲鳴をあげて目を逸らすと、そばにいた水月さんの服の裾を掴んだ。
「ここ、幽霊が出るんですかっ」
看護師の仕事上、そういった類の噂はよく耳にする。
実際、病院でも患者のいない病室のナースコールが鳴ったり、お盆の日は必ず〇時に院内放送が流れたりした。
とはいえ、恐怖体験の場数を踏んでも慣れるものではなく……。夜勤のときは巡回が本当に嫌で、廊下を歩いているときに患者に声をかけられたときは本気で幽霊だと思って叫んでしまったことがある。病衣が着物のようで、あの世の住人に見えるのだ。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「ははっ、大丈夫だよ。よく見てごらん?」
目視したくないけれど、水月さんがそう言うならと、私は黒い物体の正体を確認する。
すると、癖のある焦げ茶色の髪をした男の子が俯いて座っていた。
あれ? さっきは確かに、黒い影に見えたのに……。
「水月さん、あの人は先客ですか?」
角の席に座っている彼は前髪が長いせいで、目が見えない。でも、どことなく雰囲気が水月さんに似ている気がした。
学ランを着ているところを見ると、高校生かもしれない。なんにせよ、幽霊扱いしてしまったのは、申し訳なかったな。
「俺のことは水月でいいよ」
「え? ああ、はい……」
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