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「で、あれは俺の弟の陽太(ひなた)。おーい、お前も挨拶しろよ」
店内はさほど広いわけではないのに、まるで山の向こうにいる人間に声をかけるような勢いで水月さん──水月くんは叫ぶ。
案の定、陽太くんは血色の悪い顔を上げてしかめっ面をした。
「うるさいよ、兄さん……。俺のことはほっておいてよ」
ボソボソと文句をたれた陽太くんは、精神を安定させるためか爪をかじる。
水月くんと血が繋がっているとは思えない陰湿さだ。
「烏場(からすば)兄弟は、本当に似てないのう」
突然、どこからか子供の声がした。視線を巡らせると、いつの間にか私のそばに小学一年生くらいの男の子が立っていた。テーブルについた両手の甲に顎を乗せている。
桃色の髪なんて、初めて見た……毛先だけが黄色くて、桃みたい。
興味深くてじっと観察していると、浅葱色の袴を着た男の子がくりっとした金色の目でこちらを見上げる。
「挨拶が遅れてすまぬな、僕はオオカムヅミだ。みな、オオちゃんって呼ぶぞ」
名乗られたのだろうが、ひと言も記憶に残らなかった。かろうじて聞き取れたのは『オオちゃん』の部分だけ。
「オオカムヅミは大いなる神の実。イザナギの命を救った黄泉比良坂の麓に生えていた桃の実の神だ」
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