▼一話 食べかけのトマトスープオムライス

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 そのときの文さんの目は真剣で、まるで自分も行ったことがあるような口ぶりだったのを今も鮮明に覚えている。  こうして私は、おとぎ話のような噂を信じて島根県まで来た。普段なら絶対に疑って足を運ばないだろうけれど、私を信じさせたのは文さんの人柄と妹に会いたいという願いがあったからだ。 「それにしても暑いな」  国道九号線の高架を潜って、踏切を渡る。民家の壁には【黄泉の国への入り口 黄泉比良坂】と書かれた看板が掲げられていた。  黄泉比良坂は日本神話に詳しくない私でも、ざっくりとだが知っている。  イザナギとイザナミという神様の夫婦がいて、妻であるイザナミが火の神様を出産したときに死んでしまうのだ。  夫であるイザナギは黄泉の国へイザナミに会いに行く。イザナミは現世へ帰れるかどうか黄泉の国の神々に聞いてみるから、返事をするまで来ないでほしいと頼む。  しかし、待てども返事がないことにしびれを切らしたイザナギは約束を破って黄泉の国に足を踏み入れてしまった。 そこで会ったイザナミはひどい姿をしており、逃げ帰るイザナギ。怒ったイザナミは大勢の黄泉の兵を使って追いかける。  イザナギは坂の麓にあった木に実っている桃を三つ投げると、黄泉からの追っ手を退散させることに成功した。その桃の木があった坂が黄泉比良坂である。     
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