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「あれ、どっちに行くんだろう」
歩いていくと木々が生い茂る森の中に、ふたつに分かれる細い道があった。私はどちらかというと明るい、左側を進むことにする。
ふと、どこからかせせらぎが聞こえてきた。視線を向けると土で淀んだ池があり、その中で鯉が泳いでいる。
その真上には木の枝がいくつも伸びていて太陽を遮っているせいか、沼底の暗さを助長させていた。
池の堤を渡ると黄泉比良坂の入り口、死者の門が現れる。年季の入った木製の門に、くすんで歪にうねるしめ縄が不気味な雰囲気を醸し出していた。
「この先に喫茶店なんてあるの?」
門の向こうには変わらず道が続いており、その両側を挟むようにして青葉をつけた木々が鬱蒼と立っている。
「茜……もう一度会えるなら、ちゃんと謝りたい」
あの日、私が小言を言わなければ、普通に食事をしていれば、彼女の思いを聞いてあげてれば。きっと、事故に遭うことなんてなかった。
ふと文さんの言葉を思い出す。再会できても、黄泉の国の住人になった茜とはまた別れなくてはいけない。私はその痛みに、もう一度耐えられるのだろうか。
「ううん、耐えなきゃ。あんなお別れのままじゃ、ずっと後悔する」
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