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夏休みに入った途端、早々に届いた暑中見舞いには、母方の祖母の丁寧な字で、「涼を納めに参りませんか」との誘い文句があった。
町――と言っても、やはり山村には違いなのだが、ダム建設の予定地に指定されるほど酷くはない、多少なり栄えて舗装道路もあるような町――の夏は、確かにこれまでのビャクレンの経験よりずっと蒸し暑く、過ごしづらかった。
小川が流れ、木々が緑陰を落とし、冷まされた風の吹き抜ける村なら避暑にはうってつけだ。葉書きを見たビャクレンは、幾らか心惹かれるものを感じた。
しかしビャクレンがかつて家族と暮らした家はとっくにない。取り壊されたわけではないものの、引っ越しの際に家具家財の一通りが持ち出され、もぬけの殻になっている。言うまでもなく、村に宿泊施設はなかった。村に帰るなら、祖母の家の厄介になるしかない。葉書きの趣旨もそうした来訪を促すものであり、それがビャクレンを躊躇わせた。
祖母と従兄弟は今なお村に住み続けている。
半世紀以上を過ごした土地を離れることを、祖母は頑として受け入れなかったそうだ。日頃、穏やかな人なだけに、ビャクレンには意外な印象だった。それは彼女の娘であるビャクレンの母親にしても同じだったようで、どう説得したものか、考えあぐねた末にとうとう彼女を村から連れ出すことを諦めてしまった。
そして、足の悪い祖母の世話役を、従兄弟のハクレンが快く引き受けたらしい。元々彼は祖母との二人暮らしだ。
同い年の少年が、そんなように聞き分けよく生きられることがビャクレンには信じがたい。彼を苦手な理由のひとつだった。
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