第一章 現実は小説より奇なり

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「じゃあ、行ってきます」 「気を付けて…」 そう言いながら、ドアを開けようとした手を掴むとゆっくりと引き寄せて顎をクイッと上げると、唇を重ねる。 驚いて顔を逸らし 「ダメ…あ~ちゃん達が見てる…から…」 恥じらうのを無視して 「よそ見する余裕があるんですか?」 そう囁いて、逃げる唇に再び唇を重ねる…。 「おい!やるなら俺達が降りてからにしろ!」 額に怒りマークを付けた兄さんが、運転席のシートを思い切り蹴る。 俺は朝から刺激的なシーンに、思わず両手で目を隠した。 「朝からお二人の仲睦まじい姿を拝見したので、つい、当てられてしまいました」 言葉に棘を含んだ言い方で、田中さんがにっこり微笑む。 「はぁ?俺達は、お前らみたいなショッキングピンクの空気出してないわ!」 そう叫ぶと、兄さんがガスガスと運転席のシートを蹴る。すると 「仲睦まじいって何?まさか翔…」 さっきまで恥じらっていたのが嘘のように、蒼ちゃんが目を座らせて兄さんを睨んだ。 「何もしてね~よ!」 「そうだよ!むしろ被害者だよ!」 兄さんの言葉に俺が援護した…つもりだった。 「被害者?…翔、後でじっくり話を聞かせて欲しいなぁ~…僕。」 と、蒼ちゃんが有無を言わさない笑顔を浮かべた。 すると兄さんは鞄を掴み 「葵、降りるぞ」 って低い声で言うと、後部座席のドアを開けた。 俺も慌てて鞄を掴むと 「あ!兄さん、待って!」 と、後を追い掛ける。 ズンズンと前を歩く兄さんが 「葵、絶対に後ろを振り向くなよ!」 って言われて、思わず「後ろ?」って振り向いてしまった。 すると、田中さんの首に手を回し、蒼ちゃんがキスをしている姿が一瞬見えた。 そう、一瞬。 直ぐに兄さんの手で、目の前が遮断されたので本当に一瞬のことだったけど…。 「あんなモノ、見なくて宜しい!」 プンプンと怒っている兄さんに、俺は苦笑いを浮かべた。 兄さんは俺の手を掴むと 「ほら、さっさと行くぞ!」 って歩き出す。 たったこれだけの事だけど、嬉しくて思わず笑みが零れる。 そんな俺に気付いたらしく 「何?なんかおかしい事でもあった?」 不思議そうに聞く兄さんに、俺は首を横に振って 「ううん。なんでもない」 と答えて微笑む。
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