目覚ましくありふれた一日

1/12
前へ
/13ページ
次へ

目覚ましくありふれた一日

「むぅ。どうしたものか」  これは日々襲い来る悩み。  始めた当初は、与えられた材料から、持ち得る力量から、限られた選択肢の中でやりくりすることに必死だった。それが今では買い物も自分で済ませるようになり、書籍やアプリから容易く入手できる、膨大なレシピの中から選び出すことに悲鳴を上げている。なんとも贅沢な悩みを持つようになったものだ。  そう、悩みとはすなわち『晩御飯のメニューをどうするか』だ。  母を亡くしてからというもの、我が家における家事全般は私が担っている。ゆえに高校の友達にも、ふざけて『お母さん』呼ばわりされる程度には母親業が板についてしまった。 「ねー、夕飯なにがいいー?」  二階の自室にこもっている弟へ、かれこれ三度目にもなる呼びかけをする。  いくら待てども、やはり反応は無い。 「ったく、もー」  本日は二月二十四日。中学三年生である弟は、受験戦争のまっただ中だ。  来たる入試のため、最後の追い込みに集中しているというのなら見上げたものだが、我が愚弟はそんなタマじゃない。奴がこれほどまでの集中力を発揮できる事柄など、漫画かゲームでしかあり得ないと相場が決まっている。せめてこんな時期ぐらい娯楽は控えて欲しい。  だが、そう悪いことばかりでもない。  何もなしに多感な時期にある弟の部屋へ押し入るというのは、さすがに気が引けてしまうもの。しかし、これによりめでたく大義名分を得たことになる。この頃すっかり私のもとを離れつつある、可愛い可愛い弟をからかう絶好の機会を得たことになる。 「ほんっとーに、しょうがないなぁ~♪」  完全に台詞と口調が不一致だったが、細かいことは気にしたら負けだ。  うっかりスキップになりかねない足取りを抑え、物音を立てることなく階段をのぼり、二階の廊下を進んでいく。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加