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決意の日
箱の中で、母が眠っている。
真っ白な、四角柱の、人ひとりがやっと入れるほどの箱。
その中の母の表情は穏やかで、本当にただの眠りに就いているようで。
今にも起き出し、またいつものように、やさしい微笑みをくれるのではないかと思ってしまいそうで。
でも悲しいかな、十歳になったばかりの私にでも分かってしまう。
それが、儚い希望であることぐらい。
「ねえ……お母さん、どうしちゃったの?」
三つ年下の弟の口からこぼれた、至極当然の、純粋無垢ゆえの、残酷なる疑問。
隣に立つ父が、はっと息を呑んだのを感じる。
「ああ……母さんは、な……」
答えあぐねる父。あまりにもぎこちない笑顔が、みるみるうちに歪んでいく。
こんな時、どう答えるのが正解なのだろう。
「大丈夫、だよ」
私は無意識にそう呟いていた。
誰に向けての台詞だったかは、分からない。
でも、たぶんだけど、皆に。
弟へ。父へ。自分へ……そして、母へ。
――大丈夫。
今一度、心の中で呟く。
弟の頭をそっと撫で、安堵させるよう微笑みかけた。
最愛の人を失った悲しみに打ちひしがれている、父の代わりに。
これからは私が父を支え、弟へ愛情を注いでいく。
それらを成すことが叶わなくなってしまった、母の代わりに。
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