ポップコーンはキャラメル味

1/32
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/150ページ

ポップコーンはキャラメル味

 9時3分、長針が5回呻き、僕は「おはよう」と独り呟く。  この部屋には僕しかいないから、返すのは時計の針が動く音と、朝を告げる鳥の声くらいだ。それでも僕は何故か「おはよう」と無意識のうちに呟いていた。どうして、そうしたのかは分からない。  例えば、外にいる鳥と話すことが出来るだとか、幽霊のような見えない存在を見ることができる体質だとか、はたまた、元々、この部屋で誰かと一緒に暮らしていて、その人がもういないという事実が受け止め切れていないとか。  そんな物語チックのような人生を歩んでいるのなら、理由はすぐにでも判明するのだけれど、残念ながら、多少の起伏はあれど、それでも一般的という範疇に収まってしまうような人生であるため、本当に何故「おはよう」という言葉が零れたのかが分からない。  大学の近くで一人暮らしを始めてもう2年くらいが経つから、ひょっとしたらホームシックというやつなのだろうか。たしかに昼中は大学の友人達とバカやって騒いでいるけれど、家に帰れば一人なので、昼中の騒がしさが反転して、夜に人のぬくもりが欲しくなっているのかもしれない。独り言はその兆候なのだろう。  ちょうど今週のテスト期間が終われば大学は長い春休みに入る。久しぶりに実家に戻るのもいいかもしれない。心配性な母と、厳格な父と、生意気な妹の顔を頭の中で浮かべながら、何を手土産に持っていこうかと考えていると、スマホが震えた。 「もしもし、どうしたの? 男からのモーニングラブコールは受け付けていないんだけれど」  着信相手の名前を見てみると、大学の悪友だった。僕の学科では女子が多いので、シャイな僕は大抵こいつとつるんでいる。 『寝ぼけてんのかユウキ? 時間を確認してみろよ』  スマホを耳から離して時間を見てみると、9時6分。講義の開始は普通、9時30分からなので、まだ時間には余裕がある。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!