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「そうだろう。大変な世界だな」軍人さんは威厳ある声で言った。
「はい、大変な世界なわけで」
「うむ。この汽車も大変だ。要らなくなった人を運んで、そのあとはハンマーでたたき壊される」
「そうなんですか?」
「そうだとも。運ばれる我らも運ぶこの汽車も壊されるんだ」
「はあ、それは悲しことで」僕は答えた。
汽車はなぜか県庁の横を進んで、馬見ヶ崎川の扇状地を奥へ奥へと進んでいく。左右の山が矮小に迫ってきて、森の中へ進んでいく。
湖が現れた。蔵王のダム湖。宝沢ダムだ。
湖畔のほとりにプラットホームが現れた。
僕は降りなくては、という衝動にかられ、ホームに降りた。
そこにはダムを横切るような大きな大きな堰があってその上が歩けるようになっている。
僕はその上を歩いて、行き止まりになっている対岸に辿り着いた。
山肌は、石窟のような穴が掘られていて、そこは祠になって網が張ってある。
暗い石窟を網から覗くと、片足で立った仁王像が右手を上げ腕を曲げて金剛(こんごう)杵(しょ)を振りかざし、睨みを利かせていた。
父の作品だ。
こんなところに。
僕の頬にハラリと一筋の涙がこぼれた。
野球で負けても、誰が死んでも、家族と別れても、どんな時だって、神様が死んでから泣いたことはなかったのに。
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