第23号 お迎え

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湖畔の向こう岸を眺める。遠い遠い岸辺に黒い巨躯が小さく小さく横に動いている。 熊(くま)だ。 熊が、ゆっくりと歩み、草木に消えていくところだった。 「今、そっちへ行くから待ってて」僕はそう叫んで堰の上を走りだした。 「今、そっちへ行くから!」涙が止まらず嗚咽に変わった。 転んでは起き上がり、転んでは起き上がる。 いつしか黒い暗幕が視界の上から降りてきて、僕は起き上がる気力を失った。深夜のチャンネルの砂嵐ような画面へ体ごとはまり込んでいったんだ。     * 今、僕は魂となって、モヤモヤとこの世を彷徨っている。いまはフランス。カンヌ郊外にいる母は木彫工芸品を作り、フランス人の服のデザイナー・アランとともに暮らしているんだ。いっとき近くのニースはテロ事件で大変だったけど、いまは何もなかったように、穏やかだ。 ニースの青い海が見たかったんだ。プロムナード・デザングレという海岸通りからジャリジャリした砂浜に降りて、日がなモヤリとした魂になって、海の色を見つめている。 土(と)耳(る)古(こ)石色より明るく爽やかで、白いボートがたくさんあるから余計明るく見えるのかな?  エメラルドグリーンとは言えないな。エメラルドっていう石はなんせ見たこともないからね、そもそも。     
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