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目の前にユラユラとゆらめく真っ黒なカゲが浮かんでいた。じっとみつめてくる目がギラギラとして不気味だった。
あああ、やめて。こっち来ないで。早く逃げなきゃ。そう思っても体は動かない。
黒いカゲの目から下あたりが開いていく。口だ。口の中が血のように赤い。
「私を呼びましたね。お望みどおり命をもらいますよ」
「えっ、なに、あなたはだれ。やだ、やめて、あなたなんか呼んでいないわよ」
「ぐぐぐ、死にたいんだろう」
黒いカゲは、不敵な笑みを見せるとシュルシュルシュルとの音を立てて体をストローのように細くしてこっちに向かって来たかと思ったら口の中へ滑り込んでしまった。
ううっ、く、苦しい。
さとみはノドを押さえて身もだえた。
このまま死んでしまうのだろうか。
『お父さん、私……』
目から涙が溢れ出してきた。お父さんのところへ行けるのだろうか。それもいいのかも。意識が遠のいていく。
『お母さん、ごめんなさい』
そう思っていたら、またしてもシュルシュルシュルと耳障りな音がして口から黒いカゲが飛び出して来た。さとみが目にした黒いカゲは光を失いかけたぼんやりとした光る玉を手にしていた。
あれ、なんか変だ。どうでもよくなってきた。もう死ぬんだし。
さとみはベンチに身をまかせうなだれて重くなった瞼を下ろした。
「おまえの心の玉、もらっていくぞ」
そんな言葉を耳にして完全に意識を失った。
***
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