9月 part 1

3/5
739人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
「紹介制…。じゃあ、最初の顧客はどうやって見つけたんですか?」   紹介制のバーでネックになるのは、最初の顧客を発見できるかどうかだ。一介のバーテンダーが、どうやって有名人と知り合う機会を得られたんだろう。興味がある。  山本さんが答えるより早く、七星が口を挟んだ。 「山本さんの奥様はね、元アイドルなんですよ。ユニット名は『イブニング娘。』っていうんですけど」 「えっ、マジ⁉」  イブニング娘。俺が小学生の頃にデビューし、今なおメンバーを変えながら存続している国民的アイドルグループだ。 「奥様のお名前、お聞きしてもいいですか?」  山本さんは照れ臭そうに答えてくれた。 「うん。当時は、後藤 真矢って名前でね。元々は幼馴染だったんだよ。ずいぶん前に芸能界を卒業したから、若い人は知らないかもしれないね」 「いや知ってます!マジですか!ごっちん!?」  なつかしい。なっち派かごっちん派か、よく友人と議論したものだ。数年前、一般人と結婚したというニュースが流れたが。…初めて見たぞ、そういう一般人。  なるほど、奥様の人脈から、この会員制のバーは始まっているわけか。 「羨ましいです! ごっちんと結婚なんて! ああ、俺もアイドルと結婚したいなぁ。誰かかわいいアイドルが、バー・アンベリールにも来てくれねえかなぁ!」  つい口に出てしまった、俺の心の叫び。  …あれ。七星がすっげえ冷たい目で見てる。 「どうした?」 「べーつーにー。なんでもないですー」  珍しく、ふてくされた態度でカクテルを口にする七星。カウンターの向こうで大笑いする山本さん。  …なんだ? 浅はかな考えだって呆れてんのか?  まあ、その通りだけど。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!