10月 part 1

2/3
732人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
「なあ七星。俺さ、西麻布の山本さんや、あの歌舞伎町の桐谷の言ったこと、いろいろ思い返してんだけどさ」  桐谷の名を出したとたん、七星は顔をしかめる。  気持ちは分かるが、今言いたいのは桐谷の話じゃない。 「客単価、回転率、立地…。そんなんも確かに大事だ。けどさ、それって結局、バーのコンセプトがどうなのかによるんじゃねえかな。 俺はいったいどんなバーを作りたいのかってことを、マジメに考えないとなって思ってんだよ」  七星はメガネを押さえ、真剣な表情を浮かべている。もしかしたら、七星もそういう悩みを抱いてんのかな。 「…つまり、あれですか? 拓叶さんは、媚薬飲まされて強引に迫られるのが好きってことですか?」 「いや強引なのはあんまり好きじゃな……、って違うわ! 自分の性癖の話なんかしてねえ! おまえ、人の話ちゃんと聞いてたか⁉」  駄目だこいつ。気ぃ抜けすぎだ。頭を抱えてしまった俺を見て、七星は慌てて言い繕った。 「ごめんなさい、拓叶さん。大丈夫、ちゃんと聞いてますから! …そうですね。僕もそこは悩んでます。残念ながら全ての人に向けたバーなんてできません。山本さんや桐谷のように、ある程度客層を絞る必要はあります。 つまり、誰のためのバーにしたいか、ということですよね」  七星のセリフに、俺はほおづえををついて考える。  俺はどんなバーを、誰のためのバーを作りたいんだろう。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!