6月 part3

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 カクテル作りに正解はない。だが、正解を見つけなければならない。そこに難しさがある。複雑な方程式を前にして、どんな数を代入して解いていくのかを見極める数学者。バーテンダーの立ち位置も、それと同じようなものかもしれない。  例えば、オーナーの代表作〈クイーン〉の材料は、ホワイトラム、ドライベルモット、オレンジキュラソー、グレナデンシロップだ。そこまでは、このバーのホームページにも掲載されている。  しかし、大切なのは、ホームページには書かれていない、オーナーのこだわりだ。具体的にどの銘柄のお酒を使うのか、どのような割合で調合するのか、使う氷の大小、ミキシンググラスに入れる順序。それと相まって、オーナーの持つ高度な技術が、〈クイーン〉を、最高のカクテルへと押し上げる。  だが。  この世界で生きていくと決めた以上、必ず独立してみせる。店内コンペで勝ち上がるためには、努力を怠らない。油断なんてしない。俺が必ず勝つ。  期待の新人くんのことが少し心配だったが、杞憂だったようだ。  俺は背伸びをして、時計を確認する。  さて、まだ始発まで時間はある。次は別のスタンダードカクテルを作ってみようかな。
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