8月 part 2

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「睡眠薬⁉」  すっとんきょうな声をあげた俺を「静かに聞け」と一喝してから、オーナーはひそひそと続けた。 「厚労省の指導で、最近の睡眠薬、特に、ロヒプノールやサイレースといった薬剤には、『青色1号』という着色料が含まれていてな。おそらく一錠を4分の1、いや8分の1ほどに細かく割って混入したんだろう。ほとんど気づかれないほどの僅かな変色だ。それでも、アルコールと薬の相乗効果で、人を昏睡状態に陥らせる可能性がある」  オーナーは机の上に、藤沢さんにお出ししたカクテル〈NEW TOKYO〉を置いた。一見、普通のカクテルだが、確かによく見ると紫がかっている。オーナーの観察力の凄さに、俺は舌を巻いた。 「さっき櫻宮に説教した後、話を聞いたんだが。そいつは、髪の毛に何かついていると言って女性の気を逸らし、薬らしきものをカクテルに混入したそうだ。それが睡眠薬だったんだろう」  悪いな、あの客がおまえの馴染みだってのはよく知ってるんだが、と前置きして、オーナーは目をぎらりと光らせた。 「ここはバーだ。口説くだの痴話喧嘩だの別れ話だのは日常茶飯事。不倫の片棒を担ぐことだってある。だが犯罪は別だ。強姦に手を貸すつもりはねえ。これはオレのポリシーだ。だから悪いが…。 おい、月城、まだ話は終わってねえ、おいっ!」  俺はオーナーの言葉を背中で聞きながら、部屋のドアを開け、走り出していた。  …七星、あの馬鹿!!
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