8月 part 3

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8月 part 3

 午前2時。俺と七星しかいないバーの店内。 「はい、あと10秒。 お尻を下げるな。足から背筋までまっすぐを意識しろ。 手で地面を押すな。楽するんじゃねえ。腕で全身の重量をちゃんと支えろ。息を止めるな、呼吸を意識しろ。きつくなってからが勝負だろうが。 …はい、休憩。30秒後にもう1セットやるぞ」 「拓叶さん…。これ、地味にきついんですけど…」  フロントブリッジと呼ばれる体幹トレーニング。腕立て伏せのような格好だが、違うのは腕を90度に曲げ、地面につけるところだ。足から背筋までまっすぐ伸ばし、そのまま30秒キープする。休憩を挟みながら5セット。効率よく体幹を鍛えることができる。  バーの仕事は立ち仕事だ。カクテルを作る時間より、お客様のオーダーを待つ時間の方が長いこともある。だがお客様には、絶対にだらけた姿を見せられない。いい姿勢を保つためには、体幹を鍛えることは必要不可欠だ。  七星はメガネを外して汗を拭き、床に寝転びながら言う。 「拓叶さん…。なんか、中学時代に、バスケ部でしてた筋トレを思い出すんですけど。てゆうか、あれよりきつい気がするんですけど…」 「え、七星おまえ、バスケ部だったの? 意外すぎる。なんかおまえ読書部って感じだぞ」 「なんですか読書部って。そんなのあるわけないじゃないですか」  驚く俺。苦笑する七星。 「当時読んでたバスケマンガに影響受けて、入部したんです。結局、2ヶ月で辞めちゃいましたけどね」 「どんだけ根性ないんだよ、おまえ…。 で、当時読んでたバスケマンガって、何? …スラダン? 黒子?」 「いえ、リアルです」 「ああ、あの車椅子バスケの…。えっ、そっち!?」 「あはは」  たったあれだけの運動で汗びっしょりになってんのに、妙に嬉しそうに笑う七星。  …ほんと、変なやつ。
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