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(女神、か…?)
少女の手から水を一口含んで―――それきりミカヅチは気を喪った。
二
時を同じくして、舞台を地上―――天なる高天原の下に広がる、文字通りの地上へと移す。葦原中国の王オオクニヌシは、自らに刃向かう最後の国を討滅していた。既に戦(いくさ)は終わり、この国を支配した神であった王と妃は自害し果てている。
オオクニヌシは征服者らしく高御座(たかみくら)に座していた。彼よりやや後方の右手にはタケミナカタ、左手にはコトシロヌシ。年の頃は三十を越すか越さないかに見える彼らはオオクニヌシの息子にして、文字通りの両の腕。それぞれに武と智を司る神である。
一つの夢破れた跡、一つの国の残骸―――かつて敵の王宮であった館の高殿から見下ろして、オオクニヌシは二柱の息子と共に、滅んだ敵国の臣たちを検分中であった。
「―――殺せ」
一段低い白砂(しらす)から、一際激しい憎しみの声と強烈な視線が運ばれた。オオクニヌシは、憂いを帯びた瞳で憎悪を受け止める。埃だらけの菰(まこも)の上にひざまずき、後ろ手に縛られて彼を睨みつけているのは、未だ十を越したばかりの、実に美しい顔立ちをした少年であった。ただ、その視線だけは異様に強い光を放ち、端正な面に異様な鬼気を与えている。
「タカヒコネ―――このアヂシキ国の王の、忘れ形見に御座います」
コトシロヌシが、言わずもがなに補足する。それは、少年と相対したまま小一時間も表情を動かそうとしないオオクニヌシへの催促でもあった。利用価値のある者は生かし、無い者は刎頚する。ここはそういう処断の場であるにも関わらず―――まして相手は少年とは言え、明らかな将来の災いの種であるというのに、オオクニヌシは口ごもっていた。
「双子の姉姫が、いたはずだが…」
「幼い頃、病死したと聞き及んでおります」
それでも詮無い事を問うては、いっこう断を発しようとしない父王に、コトシロヌシは削げた頬を近づけた。
「…首を刎ねるがよろしいかと…。亡国の廃皇子など、災いの種にしかなりませぬ。生きて根の堅州国(かたすくに)に送ったにしろ―――悪くすれば、我らに刃向かう者どもの旗印に祭り上げられることでしょう。この不幸な生を終え、また無垢の神として生まれ変わる事こそ、仕合わせと言うものです」
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