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コトシロヌシは、チラリとタケミナカタを伺った。素であるのか演じているのか。戦場で敵と刃を交えること以外に興味を持たぬ無骨な大男は憮然と前だけを見詰め、コトシロヌシの耳打ちも知らぬげである。
「父上、お気持ちは分かりますが…。貴方は今こうして諌めてもらう為に、私にあの事を漏らしたのでしょう。融通の利かぬタケミナカタでなく、世知長けたこの私に。数多ある国を滅ぼしてゆく中、何故父上がこのアヂシキ国を最後に回したのか―――」
「コトシロヌシ…」
オオクニヌシは、息子の讒言をやや鋭く遮った。軽くコトシロヌシに向けられた瞳には、むしろ諦めの穏やかな色があった。
「…お前も、我が子だ……」
優しささえ滲むその響きに、コトシロヌシは痩身を折って深く溜息を吐いた。
「……お好きになされませ」
◆
最後に廃皇子タカヒコネを、冥神スサノオが支配する根の堅州国に送ることとして、検分は終わった。それは同時に、とりあえずの戦後処理が全て終了した事を意味する。その日の夜、館では父子三柱の神が互いの労をねぎらって杯を酌み交わしていた。
「さて…先ずは地上平定、祝着至極に御座いますな。父上の勇姿、妹シタテルヒメに見せられなかったのが残念に御座います」
タケミナカタが杯をオオクニヌシに捧げて言う。連夜兵たちと戦勝を祝う宴を開きながら、この酒豪のうわばみは留まるところを知らぬ。
「スサノオを封じてよりの乱世を征するための、誠に永き道のりで御座いました。父上の大業、真似できる者は絶後でありましょう」
続けてコトシロヌシが、控えめに賛辞を奏した。
「お前たちあったればこそだ、よく働いてくれた。……この国の王と妃を追い詰めてしまったのは、残念だったが…」
息子たちの言葉に報いながら、オオクニヌシの声は最後には沈んでいく。タケミナカタが、敢えてぶっきらぼうに応じた。
「…我らは幾度となく降伏を勧告しました。この上は彼らの、自業自得でありますよ」
確かに、王と妃の自害は不首尾ではあった。オオクニヌシは、彼らの軍門に下った神の殆どを殺めることなく、地底の根の堅州国へと封じていた。神は死しても、いずれ新しく生まれ変わる。何時、何処に転生するやも知れぬよりは、根の堅州国で監視下に置いた方が上策ではあった。
(だが此度は、それだけではあるまいよ)
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