きょうだいの海

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 初めて見た海の生き物たちは、陸をせかせかと動き回る私達を笑うように、穏やかな世界を揺蕩(たゆた)っていた。アクリルガラスを(へだ)てた向こう側はすぐに手が届きそうなのに、子供だった私達には触れることはできなかった。手に入らないものを欲しがるのは子供の特権で、私と杜月は「いつか二人で、あっちの世界へ行こう」と密かに誓いを立てた。  私はクラゲやイルカやイワシの大群を胸に大人になった。陽光に温められた水面を、耳を澄ませば聞こえる静けさを、触れればひやりと伝わる鱗の波を、ようやく手にすることができる。杜月だって大きな水槽を抱え続けてさえいれば、いつかは。 「約束は守りたいよ。だけど今は……」  海は常に平等で、この世界は違う。未熟な命は守られる。守られなければならない。  杜月の膜は透き通っていて、驚くほど薄い。きょうだいのいない杜月は、私の庇護(ひご)が無かったら、真っ暗な世界につながる大魚の大口で、丸呑みにされていたに違いない。いつもそうするように、声をこらえて大粒の涙をこぼす間も無く。  駅のホームは音も無く私達を待っていた。  伝えておきたい言葉で満ちているのに、音に変えるところで泡と弾けて消えていく。十分に酸素が溶けていない水槽は、きっとこんな心地だ。
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